猫の話

2004年1月8日
わたくしは、生まれついたときから猫と一緒だった。
母が無類の猫好きで、物心ついたときに家にいたのはゴンと云う名の猫だった。
ゴンは変わった猫で、煎餅が好物、外にいるときでも、煎餅の缶を振って音がすると、飛んで返ってきた。
わたくしが、尻尾をいじったり、髭を引っ張ったりしても、決してかんだり引掻いたいたりしない猫だった。

六本木に間借りしていた我が家(と言っても、ほとんど母は家に不在で、わたくしと家政婦とゴンが実際の住人であったように記憶している)が理由あって、代官山に転居した際に、そのまま行方知れずになってしまった。
従兄弟が言うには、松山という近くの山に消えたのだろう、猫は死期が近づくと人間には見られないように、ひっそりと山奥などで死んでいくのだと。

次に世田谷の池尻に転居した際に、今度はブッコという迷い猫が新たな住人となった。
この猫とはわたくしが小学校に入ってから、高校一年まで一緒であったので、いわば思春期の友人でもあった。
この猫もこんにゃく好きな変わった猫で、いつまで経っても子猫のようにじゃれるので退屈することがなかった。
辛いことや嬉しいことがあると、必ずブッコに話しかけたが、猫の方はわかって聞いていたのか全くわからなかったのか、時々ただ目を静かにつぶりながら、聞いていた。

ブッコが死んだのは、家の中だった。
扉が閉まっていて、外に出られなかったかも知れない。
この時住んでいたアパートの前に、ブッコがいつも遊んでいた公園があり、夜中にそっと枇杷の木の下深く埋めた。
この枇杷の木は、わたくしが小学校4年生の頃、給食に出た枇杷の種を木箱の庭に埋めたのが図らずも大きくなって、公園に移し替えたもので、ここに埋めるのがふさわしいと思った。

次に、ろくでもない放浪生活のようなことに一応の終わりを告げた頃、雨の降る日に拾ったイチゾーという猫が長い付き合いとなった。
この猫は飼って半年もたたないうちに車にはねられ、一ヶ月の入院生活を経て無事退院したが、足に後遺症が残って、少しビッコを引いていた。

よく寝る猫で、起きているのは食事とトイレの時くらいだった。
その時一緒に暮らしていた女性とやはり家族同然で、西日の当たる部屋で何枚も重ねた座布団の上で幸せそうに寝ていた。

イチゾーは3回転居した(わたくしは無類の転居好きで今までに20回くらいはしている)が、その都度家出するようなことはなく、家になついた。
ただ一度、目の前に墓地があるアパートでは帰れなくなるくせに二回から脱走して、懐中電灯片手に捜索して連れて帰った記憶がある。

その女性と別れることになり、イチゾーは引き取られ(押し付けたともいえるかな)その家で死んだ。
その死を知ったのは、その女性の家に電話をしたときだったが、既に何ヶ月か経っていた。
何で教えてくれなかったのかと尋ねたら、そんなこと電話してどうにかなるのかと答えた。
なるほど、死んでしまったのに電話も何もあるものか、言われてみれば当然だし、人に押し付けておいてずいぶん勝手な物言いだったかも知れない。
せめて最後を見取ってやりたかったという気持ちだったのだろう。

それからと言うもの、猫は飼っていない。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

まだテーマがありません

この日記について

日記内を検索